
北海道旅客鉄道株式会社 旭川支社北見地区
生野駅A52北海道紋別郡遠軽町生田原豊原
遠軽駅管理の無人駅
※平成3(2021)年3月14日で営業終了、閉駅しました
2019年10月訪問時の様子です

牧歌的な雰囲気が漂う草原の中にある無人駅でした。

国道242号から農家さんのお宅への公道が分岐している途中に石北線の踏切があり、そこへ乗降場を設けて客扱いを行い始めたのが1946年のこと。
当駅は地元の鉄道管理局の裁量で設置が決められたいわゆる「仮乗降場」という扱いの駅でしたが、1987年の国鉄民営化(JR北海道発足)の際に「駅」に昇格。後に営業キロも設定されて駅としての地位を確固たるものにしていったわけですが、とて利用者数が増えるわけでもなく、野原の中の静かな駅として推移しています。

周囲は牧草地が広がっていて、数件の農家さんのお宅はありますが、利用者さんなのかはよくわかりません。
JR北海道さんが公開している資料によれば2014年から2018年の5年間の平均値は1日当たり0.6人、当駅を発着としている定期券の発行枚数は0枚。定期的な利用者がいないことがはっきりしていて、当駅がいつ廃止になってもおかしくない状態となっていました。

しかしそれでも一応「駅」だったので運賃表はしっかりと掲示されていました。2019年10月1日以降の運賃表によれば当駅から隣接している両駅まではいずれも250円、遠軽までは340円となっていました。

といっても当駅から遠軽へ向かうことができる列車は2019年10月に確認した時点で7時42分の4650D(生田原始発の遠軽行)が1本あるだけ。この4650D列車、網走駅を早朝に出る特急オホーツク2号に乗ると生田原駅で好接続しますが、4650Dが遠軽駅に到着してからの好接続列車はありません。そのことからこの4650D列車は生田原駅・生野駅・安国駅から遠軽駅へ向かう高校生の利用需要に応えた列車なのかなと。

そんないつ廃止されてもおかしくない当駅ですが、木造であることが多いこの手の駅では意外と豪華なコンクリート平板が並べられた構造になっています。しかも、、、

駅の脇には比較的新しいと見られるコンクリート平板が野ざらしになっていました。これは当駅のホームを改良する意思があるということなのか、憶測が憶測を呼びます。
このコンクリ平板は20枚が山積みになって置いてありましたが、当駅のホームに使用されているコンクリ平板は20枚では足りません。しかし、ホームの平板は一部で腐食が進んでいて、それを数えてみたらおよそ20枚程度であったことから、このコンクリ平板は当駅補修のために用意されたものであると勝手に推測・・・しかし新しいとはずのコンクリ平板のうち1枚は既にひびが入っていたりと交換用として用意したにもかかわらず腐食が始まっていて、結局使われることなく撤去されてしまっても不思議ではなく、邪推に終わる可能性が高かったり・・・。
ちなみにこのコンクリ平板が山積みになっている場所は以前まで廃車となったマイクロバスが放置されていて、非公式ながら列車待ち用スペースとして機能していたようです(後述)。

そんな当駅はご覧の通り単線上の1面1線。5本設定されている普通列車でも上りは4本が、下りは3本が当駅を通過します。ご利用は計画的に・・・。
平成18(2006)年2月訪問時の様子です

駅番号付与以前、2006年2月に訪問した時に撮影した駅名標です。

下り(生田原方面)3本、上り(遠軽方面)1本と非常に利用がしにくい駅でした。このように列車に嫌われている駅は石北線には他(下白滝、旧白滝)にもがありましたが、これらの駅でも立派な駅舎があったのに対し、当駅は簡素なホームがあるだけです。列車待ちの間に雨・雪・風・直射日光を遮るための設備はまったくありません。

2007年までは待合室とはいいがたい古い自動車の車体が置いてありました。

この自動車、一応待合室として認知されていたのか、座布団が用意されていました。

1974(昭和49)年に車検を受けている旨のステッカーがフロントガラスに貼られているので、少なくともそれよりも以前に製造された自動車のようですが、いまどき速度メーターが円形ではないものはなかなかお目にかかれなさそう。。。
この自動車型待合室はJRの資産ではなく、公式な待合いスペースではなかった模様で、2007年に撤去され、現在では北海道では珍しい「待合いスペースが無い駅」となっています。
※当駅最寄りには北海道北見バスの「豊原54号」バス停があります。列車とバスを上手に絡めれば短時間での訪問も夢ではありません。