
北海道旅客鉄道株式会社 鉄道事業本部岩見沢地区
上芦別駅T27北海道芦別市上芦別町
富良野駅管理の無人駅
令和6(2024)年4月訪問時の様子です

令和6年訪問時の駅名標です。平成30年訪問時の駅名標と比較して、表示内容は同じですが、板そのものは交換されていて書体(フォント)に変化があります。

駅舎待合室建物も変化はなく、、、と言いたいところですが、、、

駅名書体が消えています。これ、ひょっとして1文字だけ消失したものの、その文字だけで発注が出来ないため、それならと全撤去して紙を貼ってしまえ!で対応したのが真相かもしれません。

建物は昭和57(1982)年12月竣工を示す建物財産標が貼付されています。当駅は大正9(1920)年に開業していて、

そのの様子です。当駅は貨物取り扱いの歴史的経緯から駅前広場が広いです。


建物内部の様子です。数人が座れるベンチがあります。本来であればベンチが置かれる場所ではないはずの窓口前ですが、20世紀末期に簡易委託も解消されていて完全無人駅化されており窓口は閉鎖されています。窓口前をデットスペース化させることなくベンチのスペースとして活用しているのはいいアイデアですな。

しかし窓口もポスターや掲示板で埋めているわけではなく、カーテンを開ければすぐにでも営業できそうな雰囲気。。。
平成30(2018)年10月訪問時の様子です

1980年代に近隣の無人駅と同様の二等辺屋根待合室へ改築されている駅です。元々は近隣炭鉱との引込み線が行き来していた歴史を持った駅で、以前は質実剛健な北海道らしい大きな駅舎だったのでしょう。
※しかし2005年に訪問したときと駅舎の風情がまったく変わっていないってのも凄いな。

1982年に竣工したと訴える建物財産標です。

駅前の様子です。ロータリーが設けられていて都市近郊の駅前風情が感じられますが、当駅の一日平均乗降客数はなんと30人以下(2017年の数値です)。その割りに宅地が広がっているのはかつて炭鉱で賑わっていた名残りなのかも知れません。

駅前には某大手飲料メーカーの有名銘柄がデザインされた看板が眩しく輝くお店があります。この手の看板が好きな諸兄は心躍るんでしょうな。

そんな当駅前ロータリーには路線バスの待合室と停留場が設置されています。このバス停は空知交通さんの上芦別循環線が発着します。日中はおよそ1時間おきに芦別駅方面へバスが発着していて、時間帯によっては列車の代替手段として活用できそうです。
ちなみにここからもうちょっと離れた上芦別小学校付近には富良野と札幌を結ぶ都市間バス(高速ふらの号)のバス停があり、このバスは短距離での利用もできることから、こっちも上手に使えば効率よく駅めぐりができちゃいます(なんとSuica/SAPICA等の交通系ICカードが使えます)。

駅舎内はこんな感じ。建物の大きさの割りに待合室スペースが手狭なのは係員詰め所が広めに設計されているからに他なりません。
当駅は駅舎が現在のものに置き換わってから少しだけの間、簡易委託による乗車券類販売が行われていましたが、それもあっという間に廃止されています。そんな名残りの窓口が綺麗に残っています。

列車時刻表と運賃表です。2005年訪問時に確認した運賃表にある「厚別・琴似」の運賃は掲載されていません。

前述の通り、当駅は歴史的経緯から駅舎待合室から乗り場(ホーム)までにかつての側線跡のスペースが広がっています。

古びた跨線橋の内部は滑り止めが設置されていて「まだまだ使い倒すぞ!」といったモノを大切にする心意気が感じられます

その跨線橋の下には古そうな小屋が。。。危険品庫にしては貧弱だし某JRさん(4-タ)がよくやってた日勤教育の説教部屋かなにかだったんでしょうかねぇ。

跨線橋の上から富良野駅方向を見た図です。かつての炭鉱引込み線はこの画像の手前側に向けて延びていたようです。

跨線橋を降りるとホームに至りますが、その直前に目に入るのが「本日はご利用いただきありがとうございます」の看板。2005年訪問時にも残存していて、ひょっとしたら駅舎が置き換わる以前から現役でぶら下っていた代物かも知れません。この看板は裏面も同じ文言になっています。

ホームは真ん中が砂利になっています。


構内は単線上の1面2線。普通列車と快速列車が停車します。
平成17(2005)年12月訪問時の様子です

駅ナンバリングシール貼付以前の駅名標です。

芦別駅の上手にあるので「上芦別」と言うそうです。
当駅は昭和30年代をピークに栄え、昭和39年の炭鉱閉山までの間、小樽駅発の急行列車を迎え入れたり、三井芦別鉄道(1989年廃止)の発着地だったりで隆盛を極めていました。なるほどそういう歴史を知った上で当駅を見回すとホーム上の屋根やベンチがなんとなく過去の隆盛を主張しているようにも見えなくもありません。

少しオシャレな形状のベンチ(2018年訪問時は撤去されていました)…これも急行停車駅だった証なのかも知れません。
当駅は昭和30年代をピークに栄え、昭和39年の炭鉱閉山までの間、小樽駅発の急行列車を迎え入れたり、三井芦別鉄道(1989年廃止)の発着地だったりで隆盛を極めていました。なるほどそういう歴史を知った上で当駅を見回すとホーム上の屋根やベンチがなんとなく過去の隆盛を主張しているようにも見えなくもありません。

少しオシャレな形状のベンチ(2018年訪問時は撤去されていました)…これも急行停車駅だった証なのかも知れません。

駅前はそういう経緯あるからなのか、結構拓けていて商店街や信用金庫の支店もあります。芦別名物「ガタタン」の名店も当駅から徒歩圏にあるようです。

2005年当時の当駅からの運賃表…消費税5%当時のものです。札幌駅までの運賃は厚別駅から琴似駅までの運賃と同額なのでこのような表記だったのでしょう。当時は2,100円(2019年10月以降は2,420円)だったんですね。

異様に広い構内敷地。これはかつて炭鉱からの石炭積み出しが行われていた名残りです。当駅を起点に炭鉱への専用線が延びていたんだそうです。


当駅のホーム内は少々古い看板類が健在でした。また、廃レールを組み合わせての柱は見ていて飽きず、もはや芸術の粋といっても過言ではありません。私が古くて利用者が少ない駅に魅了されたのは当駅の構内を見てからでして。。。


構内は単線上の1面2線です。
なお、当駅から徒歩10分の「上芦別球場」は2年連続でファイターズファーム公式戦が雨天中止になった芦別の野球場とは別の野球場で、観客観戦スペースが殆ど無い野球場です。
※プロ野球(NPB)ファーム開催予定球場だった芦別市民球場は芦別駅寄りも当駅からの方が微妙に近いようですが、それでも35分は掛かります。最も便利なのは中央バスの上芦別小学校バス停(徒歩20分)…このバス停は札幌ターミナルから富良野行きの高速バスも停車します。
<当駅→野花南駅間の踏切施設>隣の駅@根室線
・(30k510m)当駅30.5km
・(31k092m)御料沢踏切
・(31k349m)長井踏切
・(31k524m)41線踏切
・(32k849m)45線踏切
・(未確認)(名称未確認)踏切
・(35k160m)野花南駅35.2km
※太字のリンク先は踏切施設調査の姉妹サイトへ飛びます
上り:芦別駅T263.9km
下り:野花南駅T284.7km
※訪問日:2005年12月8日,2018年10月29日,2024年4月30日
