東日本旅客鉄道株式会社 盛岡支社
奥内駅■青森県青森市大字清水字浜元
青森駅管理の無人駅
当駅へは徒歩で辿り着いた私。松前国道から当駅へはとても判りづらく、また利用者が少ないからなのかそこまでの道が殆ど除雪されておらずアクセスに難儀しました。
松前国道沿いにはこのように「←奥内駅」の案内看板があって、一見すると「あ、すぐ近いのかな」と思ってしまうわけです。
青森市営バスの奥内駅前バス停にはご覧のような宗谷線の小さな駅で見られるようなトタン作りの待合室があります。バス停に「駅前」と名付けられるくらいなので近いのかなと思ってあたりをキョロキョロウロウロしても駅は見当たりません。降雪のお陰で周囲は真っ白で、どこが道路なのかが見分けが付かなかったのも判りづらかった原因なのかも知れませんが。。。
「→奥内駅」の看板を鵜呑みにすると、とても駅前に通じているとは考えにくいほど除雪されていない道路しかありません。人が歩いた痕跡が殆ど無く、自動車のわだちを頼りに歩いてみると、鉄道の線路が見えてきますが、肝心の駅はどこに???と思って歩いているとこの看板の道を突き当たり、線路の横まで出るとその奥にひっそりと当駅の駅舎がありました。最初から件の看板の道の突き当たりに駅舎を作ってくれればいいのに。。。
建物には平成12(2000)年3月完成の建物財産標が貼付されています。これは1951年の開業時から頑張ってきた木造駅舎が平成11(1999)年に焼失したことによります。替わりに設けられた建物の内部はこんな感じ。
小ぢんまりとしていて数人が着席できる椅子が並んでいるだけ。。。従来は出札窓口であったであろう場所にはポスターが掲示されています。
そんな当駅ですがかつては快速海峡号が停車する駅でもありました。
構内はこんな感じ。2番線(蟹田方面)ホームにも待合室が設置されています。
その待合室にはJR東日本様式の駅名標が貼ってあります。
その2番線待合室内にはこんな案内が・・・アンモニア成分入りの融雪剤を使ったんですねぇ。
そんな当駅は単線上の2面2線です。
当駅は行き違いが出来る構造になっているわけですが、恐らくそれが当駅立地の決め手だったのかもしれません。当駅は津軽線開業時のオリジナルメンバー的存在ですが、当時の奥内村役場は津軽宮田駅付近にありました。それなら津軽宮田駅付近に奥内駅を設ければいいじゃないかという話になりますが、「列車行き違い設備ありき」で駅の立地を考えた当時の国鉄さんは宮田エリアでは駅を設置する場所が無く、敷地に余裕がある現在の清水エリアに奥内駅を設置させて現在に至っているようです。
しかしそれでは奥内村役場(現在の青森市役所奥内支所)付近が不便になってしまうと考えたのか、それとも住民による設置運動でもあったのか、当駅開業から8年後に寺社の敷地を融通してもらって津軽宮田駅が設けられています。もし宮田エリアに潤沢な敷地が最初からあれば現在の津軽宮田駅が奥内駅を名乗り、当駅は設置されないか、もしくは「津軽清水」を名乗っていたかも知れません。
<当駅→左堰駅間の踏切施設>隣の駅@津軽線
・(11k500m)当駅11.5km
・(11k599m)奥内土場踏切
・(11k713m)甘道踏切
・(11k809m)上村通踏切
・(11k983m)内真部宮通踏切
・(12k128m)内真部上踏切
・(12k676m)上左堰踏切
・(13k080m)常花志園通踏切
・(13k130m)左堰駅13.1km
※太字のリンク先は踏切施設調査の姉妹サイトへ飛びます
上り:津軽宮田駅■1.8km
下り:左堰駅■1.6km
※訪問日:2018年1月2日