shinsakaeno
北海道旅客鉄道株式会社 旭川支社
新栄野駅北海道紋別郡遠軽町栄野
遠軽駅管理の無人駅
※平成18(2006)年3月17日で営業終了、閉駅しました

 平成18(2006)年2月訪問時の様子です 
shinsakaeno_zenkei2
 白滝地区と遠軽地区を結ぶ国道から湧別川を隔てて対岸にあったおかげで地味な立地にある駅でした。遠軽駅と瀬戸瀬駅は国道333号に面していて人の息吹を感じることはできますが、当駅はその国道が湧別川の対岸となってしまっています。

shinsakaeno_p
 当駅前の道路は貧弱な道道。遠軽と丸瀬布を結ぶ北海道北見バスは国道333号を走行しますが、そのバス路線は当駅前にはやってきません。その代わりに遠軽ターミナルと瀬戸瀬温泉を結ぶ遠軽町営バスが1日2往復(日曜・休日は1往復)運行されており、このバスが当駅前に停車します。
shinsakaeno_busstop
 バス停の名称は「栄野会館前」。↑の右の建物が町営バス待合所で、その左奥の建物が栄野会館になります。参考までに訪問した2006年当時の町営バス時刻表の画像を貼っておきます。
shinsakaeno_townbus_sakaenokaikan
※2006年当時の時刻表です

 そんな利用者が余り見込めなさそうな当駅は遠軽方面行が1本、白滝方面行が3本しか列車が停車しない駅でした。
shinsakaeno_timetable
 考えようによっては並行して走る1日2往復の遠軽町営バスでも利用者が居たのか微妙な…そう考えると当駅の廃止は妥当なのかも知れません。しかし本当に利用者は居ないのか?と周囲を見回すと、当駅の脇に設置されている踏切の名称はそのものずばり「社宅」であることが判明。が、ここのどこに社宅があるのだろうか???訪問当日に周囲を見渡してもそれっぽいものは見当たりませんでした(個人の感想です)。

shinsakaeno_zenkei1
 肝心の構内ですが、1両分程度の板張りのホームは少々頼りなく、待合室は都心部の有料駐車場で見かける誘導員詰所のような小さなもので、2人程度入ると満員御礼状態。訪問日は駅廃止まであと20日に迫っていたにもかかわらずいわゆる「同業者」の姿は見受けられませんでした(訪問時間帯は日中)。

shinsakaeno_windows
 待合室にはなぜかテーブルが…駐車場の係員用BOXだとしたらそういう仕様なのかもしれません。

shinsakaeno_entrance
 駅前からホームへの行き来には貧弱なスロープのお世話になりました。

 ちなみに当駅周辺に「新栄野」という地名は無く、当駅の所在地も「栄野」となっています。何を持って「新」なのかはわからないまま駅が廃止になってしまいました。

shinsakaeno_home_forShirataki
 そんな当駅は単線上の1面1線。列車が来ると妙にほっとしたのは言うまでもありません。

 令和元(2019)年10月に再訪しました 
shinsakaeno_soto
 栄野会館から社宅踏切付近のT字路の様子です。

shinsakaeno_kaikan
 あれ?ここには遠軽町営バスのバス停兼待合室があったはずなのに忽然と消えています。訪問前にここの町営バス瀬戸瀬温泉線は存続していることを確認していましたが、肝心のバス停が・・・あたりを見渡すと・・・
shinsakaeno_waitingroom1
 ありました♪当駅廃止直前に訪問した時にも見た道路の湧別川側にあった待合室がいつの間に山(線路側)へ「トンデラハウス」しています。

shinsakaeno_waitingroom2
 バス停はポールに円形の看板と時刻表がくっついているというイメージですが、この「栄野会館」というバス停の場合は待合室がポールの役割を担っていて、待合室の壁に円形看板と時刻表を貼り付けてバス停としているようです。

shinsakaeno_buswaitingroom
 このバス停の場合、待合室が道路から微妙に離れていて、また草が生い茂っているので容易に近付けづ、近視の私にとっては眼鏡を通しても時刻表を確認することが極めて難しい厄介な状態・・・。

 そもそも近付くことすらできない待合室って何なんだろうと、謎が謎を呼ぶ物体だったりします。

shinsakaeno_konaiato
 当駅があった場所は撤去が進み、駅があった痕跡は全く残っていません。駅廃止から13年も経過してれば止むを得ませんな。ホームはこの画像で言うところの線路の左側にありました。

shinsakaeno_shatakufumikiri
 すぐ脇には「社宅」という名の踏切があります。この踏切は現役です。今回も「社宅」を探しましたが見当たりません。

shinsakaeno_hi
 以前そんな社宅があったのかと考えましたが、痕跡は見当たらず、開墾した記念碑はありましたが社宅のヒントにはなりません。むしろこの碑が何のための碑なのか、逆に謎が深まってしまうという・・・。
 「玉錦 玉櫻 錦之碑」と書かれていて、一見すると力士さんを称える記念碑に見えなくもありませんが、後方に広がる不自然な広場は開墾の跡に見えなくもなく、北海道によくある「開墾しました」の記念碑なのかなと思わなくもないですが・・・。

shinsakaeno_shanabuchi
 ちなみに前述のT字路を含めた社宅踏切を通る道路は「北海道道711号社名淵瀬戸瀬停車場線」というそうで、踏切名称の「社宅」はひょっとしたらこの「社名淵」から1文字採ったものなのかも知れません。

隣の駅@石北線
上り:瀬戸瀬駅A493.3km
下り:遠軽駅A507.8km

※訪問日:2006年2月26日,2019年10月16日