
北海道旅客鉄道株式会社 旭川支社北見地区
安国駅A51北海道紋別郡遠軽町生田原安国
遠軽駅管理の無人駅

逆光の中での撮影につきわかりづらい構図ですが、ログハウス調の駅舎の駅です。

建物財産標によれば1989年10月に竣工していることになっています。それ以前の当駅は北海道の駅にありがちな木造駅舎で、現駅舎とほぼ同じ位置に建っていたようです。

駅前は円形の駅前広場があります。

紅葉シーズンには木々が色づきとても綺麗です。

駅からすぐの場所にはそのものズバリ「安国(やすくに)神社」が建立。地名の由来の通り、「安らかな国」という神道の祝詞(のりと)をしっかりと祈念できるスポットで、土俵もあったりします。東京都千代田区にある靖国神社と同発音なため、興味がある人はぜひ立ち寄ってみては?!

安国神社がある場所は↑の図で言うところの「安国公民館」の隣です。

待合室内の時刻表と運賃表です。遠軽駅・生田原駅までは300円(2019年10月現在)となっています。

待合室内にはこんなポスターも・・・

ホーム上は砂利敷きになっていて、2番線ホームへは跨線橋が結んでいます。

駅舎のホーム側には木材で作られたおもちゃ類が展示されています。

構内は単線上の2面2線となっています。遠軽駅はスイッチバック式の駅なので、当駅出の行き違い設定は意外と多く、案外と忙しい交換設備だったりします。
平成18(2006)年2月訪問時の様子です

2006年撮影の駅番号付与以前駅名標です。

1946(昭和21)年までは「下生田原」を駅名として名乗っていた歴史の有る駅です。
この当時、下生田原(現在の当駅)と遠軽駅とで石北線との分岐点(スイッチバック)争奪戦が勃発。それが原因で分村問題に発展して1925(大正14)年に生田原村が遠軽村から独立。まるで子供のケンカかよと思ってしまいますが、当時はそれだけ鉄道がある町はステータスシンボルであったことを証明しているエピソードです。

当駅のホームの配置は少々変わっていて、一見すると駅舎寄りホームは西武新宿線高田馬場駅の西武新宿方面のような両扉開閉に対応しているのかと思わせる造りになっていますが、実際は駅舎側の扉のみが開閉するJR山手線渋谷駅型の配置となっています。
この当時、下生田原(現在の当駅)と遠軽駅とで石北線との分岐点(スイッチバック)争奪戦が勃発。それが原因で分村問題に発展して1925(大正14)年に生田原村が遠軽村から独立。まるで子供のケンカかよと思ってしまいますが、当時はそれだけ鉄道がある町はステータスシンボルであったことを証明しているエピソードです。

当駅のホームの配置は少々変わっていて、一見すると駅舎寄りホームは西武新宿線高田馬場駅の西武新宿方面のような両扉開閉に対応しているのかと思わせる造りになっていますが、実際は駅舎側の扉のみが開閉するJR山手線渋谷駅型の配置となっています。

構内は単線上の2面2線配線となっています。